トラック運送業の賃金設計について
争いを引き起こしやすいトラック運送業の賃金体系
トラック運送業、特にトライバー職の賃金体系、給与形態はその特殊性もあり、訴訟や組合を巻き込んだ団体交渉等の紛争の火種となる可能性を秘めたものです。
ここでは、上記のような紛争に発展しないためにどのような賃金設計をトラック運送業者がすべきなのかを見ていきたいと思います。
トラック運送業の賃金体系のパターン
トラック運送業、とりわけドライバーに適用される賃金体系はおおむね次の3パターンが多いのではないかと思われます。
1.固定給部分オンリー
・賃金の構成が月給制(日給月給)、日給制、時給制のいずれかの構成のみで歩合給はなし
・固定給オンリーは地場輸送や作業輸送等の『1労働日完結型』のドライバーに適用されることが多い
・固定給制の中でも時給制は、非正規雇用のドライバー、宅配ドライバー、コンビニ配送ドライバーに多く見られる。
2.歩合給オンリー
・固定給なしの歩合給100%
・長時間労働が勤務常態となっている長距離ドライバーに適用されることが多い(固定給設定の賃金体系では長時間労働による高額の割増賃金が発生するため)
3.固定給+歩合給の2本立て
・一般的な賃金体系であり、地場輸送、長距離輸送、作業輸送の輸送形態に関わらず、運送業では一番採用される体系でもある。
・建前上は「固定給+歩合給」であったとしても、固定給部分がごくわずかな額の日給、無事故手当、食事手当等の低額に抑えられ、歩合給のポーションが大部分を占めるケースも少なくない。(特に長距離輸送のドライバーのケース)
・固定給部分が全体の支給額のおおむね6割未満の場合は、保障給の設定が必要となる。
(行政通達:平成元年基発93)
参考)変動式歩合給制度
*100%歩合給にも関わらず、歩合額確定後に『歩合給+固定給(+割増賃金)』に割り振る仕組み
実態としては100%の歩合給にも関わらず、便宜上、歩合額が確定した後に、基本給や各種手当、歩合給、割増賃金に割り振るやり方。トラック運送業やタクシー業界で以前は散見されていたが、現在はこういったやり方は違法とされる可能性が高い。
参考判例:S交通事件(札幌地裁 平成23年7月25日)
賃金の総支給額の実態は営業収入×54%であるが、給与規定上は基本給+歩合給+割増賃金という数式を構成し、名目上は基準内賃金とは別に割増賃金を支払う設定としていた。裁判所の判断は『形式的には割増賃金が支払われていたとしても、実質的には賃金名目の組み替えに過ぎず、実態は100%歩合給である』とし、『完全歩合給制の場合の計算方法による新たな割増賃金の支払い』を求めた。(会社側敗訴)
固定給と歩合給の割増賃金の算出方法の違いについて
時間外労働を行った際に加算される割増賃金ですが、固定給部分と歩合給部分とではその計算方法が大きく違います。よって、固定給を中心に据えるのか、あるいは歩合給を中心に据えるかによってその額が大きく変わってきます。
例) 月間所定労働時間:170時間 時間外労働:80時間を行った月で考えると
①総支給額が固定給:30万円のみの場合の割増賃金の計算方法
時間給単価 30万円÷170時間 ≒ 1,765円
残業代単価 1,765円×1.25 ≒ 2,206円
残業手当額 2,206円×80時間 ≒ 176,471円
②総支給額が30万円で内訳が固定給15万円、歩合給15万円の場合の割増賃金の計算方法
a.固定給ベースの部分
時間給単価 15万円÷170時間 ≒ 882円
残業代単価 882円×1.25 ≒ 1,103円
残業手当額 1,103円×80時間 ≒ 88,236円
b.歩合給ベースの部分
時間給単価 15万円÷(170時間+80時間)=600円
残業代単価 600円×0,25=150円
残業手当額 150円×80時間=12,000円
c.固定給ベースの残業手当額と歩合給ベースの残業手当額の合計額(a+b)
88,236円+12,000円=100,236円
③総支給額が30万円で内訳がオール歩合給であったときの割増賃金の計算方法
時間給単価 30万円÷(170時間+80時間) = 1,200円
残業単価 1,200円×0.25 = 300円
残業手当 300円×80時間 = 24,000円
歩合給の1時間当たりの割増賃金算定方法は以下の通りとなります。
月間の歩合給総額÷残業時間含む月間総労働時間(*)×0.25(**)
*労働基準法施行規則 第19条1項6号
**行政通達 昭23.11.25 基収第3052号
歩合給導入の際の注意点
上でご覧いただいたように、時間外手当の算定という観点で見た場合、固定給部分より歩合給部分の方がかなり残業代のベース賃金が下がるのがご理解いただけると思います。長時間労働が常態となっている長距離輸送のドライバーのケースでは歩合給のポーションが高いほうが、割増賃金がかなり低く抑えられるので、単純に人件費対策という点においては歩合給の割合を増やせばよいということになります。しかしながら、単純に人件費対策、残業代対策として、安直に歩合給への変更を進めることは非常に危険です。歩合給の導入は以下の点に留意して進める必要があります。
注意点1:個別同意の獲得及び不利益変更への対応
ドライバー職、特に長距離輸送のドライバーにも『みなし残業代、定額残業代』の賃金制度も判例で認められる一定範囲内のルールにおいては残業手当の高騰対策にはなりえます。加えて、歩合給の導入や割合の調整で人件費を適正化するやり方も一つの方法には違いありません。ただ、やはり賃金形態を変更するに際しては、『不利益変更』の問題は避けて通ることはできません。賃金制度を変えていく上で、労働者に不利益が生じることになるのであれば、慎重に進める必要があります。各労働者に対する個別合意、もしくは就業規則変更による歩合給導入についても合理的な手続きは踏まなければならないことにはなります。
参考)基本給の減額、歩合給導入の個別合意の有無を争った判例
光和商事事件(大阪地裁、平成14.7.19 労働判例833号 22頁)
会社側の基本給減額、歩合給導入に対して社員が異議を唱えた裁判。賃金形態の変更に対して、社員の個別同意があったかどうかが争われた。社員側は賃金形態変更後の減額された賃金を受領しており、これが黙示の承諾があったとし、裁判所は労働条件変更の個別合意を認めた。(会社勝訴、社員敗訴)
また、歩合給の設定に対する不利益変更の注意点はこちらの記事にも記載しておりますのでご参考にしていただければと思います。

注意点2:保障給の設定
総支給額に対する歩合給のポーション(割合)を増やしていくような賃金制度の構築を検討するのであれば、どうしても労働基準法27条に規定される『保障給の設定』の部分は無視できません。
前述の行政通達(平成元年基発93)の考え方でいくと、保障給は『通常の賃金の6割程度』という基準で設定を行う必要があります。
歩合給のベースになる指標と組み合わせて、いくらくらいの時給単価が適切なのかを検討していかなければなりません。また、設定された保障給は制度として就業規則(給与規程)等にきちんと明記(規定化)することが求められます。
完全歩合給の場合、もしくは固定給部分がごくわずかで給与の大部分が歩合給で占められる場合、その月の歩合給の額が結果的に通常賃金の6割上回っていたとしても、保障給の定義を何もしていなければ、上記でご説明した基準法27条に抵触すると考えられますし、揉めた際に就業規則(賃金規程)に明文化されていない額や条件を後付けで設定するのも基準法27条に抵触すると考えられます。『結果オーライ』や『後出しじゃんけん』ではNGだということです。
注意点3:歩合給のベースとなる指標の検討
どのような指標に基づいて歩合給を決めるのかということも非常に重要な要素となります。割と単純に売上高だけをベースにしていることが多いとは思いますが、できれば成果が偏りなく、ドライバー達のモチベーションが保たれるような指標をベースにしたいものです。もちろん、どのような要素が企業としての収益を作っていく部分なのかいうことも、指標を設定する上で不可欠な検討事項となります。
“ドライバーのモチベーションポイントと企業の収益の生み出すポイント”
この2つがうまく合致するポイントを探り、指標を設定すれば、歩合給への変更の際のドライバーからの支持や同意も得やすくなるでしょう。
この際の注意点はあまり複雑な指標とはせずに、ドライバー本人たちが自分たちの歩合給を計算できるような明快な設定にしておくことが彼らのモチベーション維持には不可欠であるということです。
歩合給の占める割合が高い支給形態はそういったやり方に慣れているベテランドライバーからは抵抗なく受け入れられる一方で、別業界からの転職してきて間もないドライバーや業界に不慣れなドライバーから観るとやはり抵抗を感じるようです。
深刻な人手不足が続く運送業界では、就業形態や、従業員のモチベーションポイント、会社の人件費予算等の様々な判断要素から最適な賃金制度の構築が必要になるでしょう。
注意点4 含み型割増賃金との併用
ー国際自動車事件 第2上告審(令和2年3月30日 最高裁)のインパクトとは…
タクシー業界やトラック運送業において、割と広く普及している『歩合給の中に残業手当の全部又は一部を組込む』という賃金設計の考え方が最高裁判決において違法性ありと判断され、審議が高裁に差し戻されました。今後こういった賃金制度の運用は訴訟リスクが伴うため、吟味及び見直しを推奨致します。
*国際自動車事件(第2上告審)の詳細については別途解説記事を設けておりますので、そちらをご覧ください。

『定額残業・みなし残業・含み型残業の司法判断の推移と賃金設計の留意点』の解説記事へ
現行、歩合給と含み型割増賃金の制度を併用しているトラック運送事業者さんは今回の最高裁判決をしっかり吟味し、リスク軽減の施した賃金制度への見直しが必要になってくる企業様も多いと思われます。
とかく、歩合給制度とみなし残業制度、定額残業制度の併用を考えられている事業者様においては、最新の司法判断に沿った形態で、かつ訴訟リスクを最小限に抑える設計が必要です。専門家の意見を取り入れながら、賃金制度の構築を行うように強くお勧め致します。
今後の法改正に伴う運送業の賃金設計の懸案事項
・労働基準法改正による時効期間延長の影響)
また令和2年4月の労働基準法の一部改正により未払いの残業代の時効期間が2年間から5年間(ただし当分の間3年間)と延長されたことにも注意です。令和2年4月以降に支払い日が到来する賃金債務には3年間の時効が適用されます。
もし未払い残業代の存在が発覚した場合、令和5年4月以降はこれまでの2年間遡った支払い義務から3年間遡った支払い義務に増額されることを念頭に入れた賃金設計が必要になることに留意しなければなりません。
・中小企業に対する割増賃金率の引上げ)
2010年の労働基準法改正で、60時間を超える時間外労働には割増賃金率が25%から50%に引き上げられました。中小企業には一定期間この法改正の適用が猶予されていたのですが、2023年(令和5年)4月よりこの猶予が撤廃され、大企業同様に50%の支払が求められます。つまり、1か月100時間の時間外労働に対しては、固定給ベースでみた場合、60時間までは125%、それを超えた40時間については150%で計算した割増賃金を支払わなければならないこととなります。長距離輸送を主業務としている中小の運送業者様におかれましては、こういった負担増も前提に賃金設計を検討する必要があろうかと思います。
・トラック運送業の賃金制度見直しの必要性)
放置することでどれくらいのリスクがあるのか…?
上記でご覧いただいたようにトラック運送業、特に長時間労働を常態とする長距離輸送を主たる業務とされている運送業者様は賃金設計を適切に行わないと、多額の潜在的な未払い残業代のリスクを抱えることとなってしまいます。
上記では残業時間80時間で、ドライバー一人の残業代が1か月で18万円近くに積みあがる例を取り上げさせていただきましたが、ここまで極端ではないにしろ、コンサルティングの現場に携わっているとドライバー一人当たりの1か月の潜在的な未払い残業代が5万円〜7万円くらいになるケースにはよく遭遇します。
ドライバー一人当たり未払い残業代が月間7万円とすると…
50人従業員がいた場合)
・月間の潜在的未払い残業代のリスクが
7万円×50人=350万円
・年間の潜在的な未払い残業代のリスクが
350万円×12か月=4,200万円
と経営に大きな打撃を与えるような金額に膨らみます。また、今後は前述した時効期間の延長や時間外労働割増率の引き上げでさらにリスクは増していきます。そして、この潜在的なリスクは、労基署の監査、労働組合の介入、労働者側弁護士からの請求等がきっかけで顕在化してしまう危険と常に隣り合わせです。
当事務所ではこういったリスクを先回りして回避するべく、トラック運送業に最適な賃金制度再構築のコンサルティングサービスを提供しています。
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“賃金制度改訂サービス:未払い段業代請求リスクの回避のために”
『当社の潜在的な未払い残業代は一体いくらくらいになるのか…?』ご懸念、ごもっともなことです。当事務所では専用ソフトで潜在的な未払い賃金の累積額を無料でシュミレーションすることが可能です。シュミレーションの申し込みはお問合せフォームより「未払い残業額のシュミレーション希望」と記載の上、ご送信下さい。
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