“定額残業(固定残業)・みなし残業・含み型残業”の司法判断の推移と賃金設計の留意点

定額残業、みなし残業、含み型残業の司法判断はどう変化していったのか?

定額残業の従来の考え方

 これまでは、定額残業代という概念は行政の考え方でも、“労働者に対して実際に支払われた定額残業代が法定上の計算による割増賃金を下回らない場合は、法37条(割増賃金の条文)の違反とはならない(昭24.1.28基収 3947号)”と、その考え方は肯定されてきました。

 同様に裁判例においても上記の考え方は“給与のうちの割増賃金部分が賃金規程等で明確に区分されて”いれば、定額残業代を認めるという司法判断が多く見られました。(小里機材事件:最高裁昭和63.7.14、関西ソニー販売事件:大阪地裁昭和63年。10.26)

ただ、その後“テックジャパン事件(平成24年3月8日)”や“日本ケミカル事件”(平成30年7月19日)、“国際自動車事件(令和2年3月30日)”等の司法判断により、残業代込みの賃金設計を行う場合は一定の注意が必要となってきております。

こちらのコラムでは定額残業、含み型残業の是非が判断された、直近の3つの最高裁判例を元に、その注意点を解説していきます。

1.テックジャパン事件(最高裁 平成24.3.8)

 基本給に一定時間の割増賃金(定額残業代)が含まれているとする会社の主張を否定!!所定内労働に対する賃金部分と、時間外労働に対する割増賃金部分を明確に区分できないことが理由とされました。

 それに加え、当事件の裁判官は補足の意見書の中で以下のように述べました。

 “給与計算をする上で便利という理由で、毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が入っているとして給与が支払われている事例(いわゆる定額残業制)もみられるが、その場合は、そのことが雇用契約上も明確にされなければならないと同時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されなければならないだろう。さらに、10時間を超えて残業が行われた場合には当然、残業手当の支給日に別途10時間を超過した分を上乗せして残業手当を支給する旨もあらかじめ明らかにされていなければならない。本件の場合、そのようなあらかじめの合意も支給実態も認められない。”

 定額残業について事前の会社と労働者との雇用契約における合意がなかったことの他、定額残業代の基礎とされた一定時間(例えば10時間)を超過しても、別途超過分の支払いが実態としてなかったことが、会社側の主張が退けられたと考えられます。

『定められた時間を超過した際に差額を払っている実態があること。』が判断材料に追加されたわけです。

 これまでの判例と比べて、“支給実態の有無”まで言及されているところに司法判断の変化が見て取れます。

ただこの一方で、同じ最近の最高裁の判決でも、会社側の主張が通り、定額残業代が認められたケースもございます。

 テックジャパンから6年後の“日本ケミカル事件”です。

以下に見ていきます。

2.日本ケミカル事件(平成30年7月19日)

 “業務手当”という名目で定額支給されていた手当が、時間外労働、深夜労働、休日労働の対価として認められた(会社側勝訴) 

この裁判で会社側が勝訴できたポイントは以下の2点が評価されました。

・業務手当という名目の手当(=固定残業手当、定額残業手当)が割増賃金として払われるという事が就業規則・賃金規程、雇用契約書等で明確に示され、またそれらについてきちんと説明もされていた。

・所定労働時間と含み残業時間(業務手当の支給対象となる残業時間)のバランスも不合理ではなく、含み残業時間と実際の残業時間に大きな乖離がなかったこと。

 “テックジャパン事件”から6年が経過し、同じみなし残業手当の是非が問われた当事案では会社側の勝訴となりました。根拠のある理論武装と準備の裏付けがあれば、定額残業制、みなし残業制も是認しうる、ということを最高裁が示した判例だと思います。

今後の定額残業手当、固定残業手当導入にあたっての留意点

 上記の定額残業手当の是非を争った2つの最高裁判例をヒントに、今後、定額残業手当を前提とした賃金設計を採る際のポイントを記載します。

 ポイントとしては以下の4点が重要になってくると思われます。

通常の賃金(残業手当以外の賃金)と残業手当に当たる部分が明確に判別できること。

⇒テックジャパン事件ではこれが欠落していたために会社側敗訴の主因となった。

固定残業手当、定額残業手当あるいはそれに類する手当が残業手当として支払われるという条件が、就業規則・賃金規程や雇用契約書(雇用条件通知書、採用条件確認書を含む)で明示されていること、及び口頭での説明もきちんと行われていること。

⇒日本ケミカル事件では、これらの条件がそろっていたため、会社側の勝訴に繋がった。

この記事は私が書きました

児島労務・法務事務所 代表 児島登志郎
 社会保険労務士・行政書士
 組織心理士・経営心理士(一般財団法人 日本経営心理士協会 認定)

 元大阪労働局 総合労働相談員
 元労働基準監督署 協定届・就業規則点検指導員

 

 社会保険労務士として開業する傍ら、大阪府下の労働基準監督署にて総合労働相談員、就業規則・協定届点検指導員を計10年間勤める。 その間に受けた労使双方からの相談数は延べ15,000件以上、点検・指導した就業規則、労使協定届の延べ総数は10,000件以上に及ぶ。 圧倒的な数量の相談から培った経験・知識に基づいた労使紛争の予防策の構築や、社員のモチベーションを高める社内制度の構築を得意分野としている。

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