看護師さんのお礼奉公の問題と労働基準法16条の関係

 

**こちらの記事につきましては、刑事処罰を伴う労基法16条の『賠償予定の禁止』の抵触へのリスクという観点で記載しております。民事上の学費などの貸付金返済義務の有無に付きましてはここでは焦点を当てませんので、あらかじめご容赦下さい。

 

各病院さんや医療機関さんでは、看護師さん等のライセンスを持った人材の確保、定着も人事労務上の課題となっておられるのではないかと思います。病院等を運営する上での看護師やコメディカル関係の資格保持者の労働力の確保は必須ですから。

しかしながら、看護師さんは恒常的に不足しており、非常に労働力も流動的なのが現実です。引く手あまたがゆえに、より給与等の労働条件のよい職場に流れていく傾向が強く、病院側がなかなか必要な労働力が確保できないという状況が恒常的に発生しています。

こういった状況を打破するために、病院さんとしては、ライセンスのまだ取得していない、看護師さんの卵を見習い、助手として採用し、病院側が学費を援助しながら看護学校に通学をさせて、ライセンス取得後には一定期間(例えば、3年など)の勤務を義務付ける、いわゆるお礼奉公制度を実施されているようなところもあると聞きます。

このような制度を引く場合は、労働基準法16条“賠償予定の禁止”との関係を検証し、この16条に抵触しないようにしなければなりません。

この“賠償予定の禁止”とは、使用者が学費等を肩代わりしている場合に、約束した期間の勤務をしない、つまり労働者側に労働契約の不履行がある際に、損額賠償としてその学費の額を労働者側に払わせるという合意は、この16条に抵触すると解されます。 例えば“資格取得後3年以内に退職した場合は看護学校の学費を全額返還する”という約束を伴った労働契約は労基法16条の違反になり費用の返還部分に掛かる約束の部分は無効となってしまいます。

ただし、看護学校の学費を病院側が支出するのではなく、見習いさんに学費を“貸与”している場合には、考え方が違ってきます。

この学費の援助が純粋な金銭貸借であって、返済を要するものであるけれども、一定期間その病院で労働した場合は返済を免除するというのであれば、上記の労基法16条で禁じられている賠償予定の労働契約ではなく別の金銭貸借の契約が成立しているという考えが成り立つ余地があります。

そもそも、金銭貸借ですから、労働者側に返済の義務があるわけで、それを一定の条件で免除してあげるのですから、労働者有利な取扱いといえなくはないわけです。

この場合の注意点としては、あくまで、この学費が“貸付金”“立替金”であるという純粋な金銭貸借契約であるということを明らかにしなければなりません。

看護師の資格ではありませんが、裁判例でも、事業主が資格取得のための費用を貸与し、一定期間経過前の退職の際に費用の返還を求める契約については、不合理な金額でないこと、貸付金ということが明らかであること、不当に雇用関係の継続を強制するものではないこと等の条件がある場合は返還請求は正当であるとの見解もあります。

もう一つの注意点としては看護師資格の取得に関しては、病院側の働きかけや業務命令ではなく、あくまで労働者本人が自分のスキルアップのために、取得を希望するという場合でないと、例え、純粋な金銭貸与の形を整えていたとしても、労基法16条に抵触してしまう可能性が生じてしまいます。

その辺りは志の高い看護師の卵である看護助手さんとじっくり話し合った上で、病院側がリスクが掛からないような方法で、金銭消費貸借契約をしっかりと巻いておくべきでしょう。

この記事は私が書きました

児島労務・法務事務所 代表 児島登志郎
 社会保険労務士・行政書士
 組織心理士・経営心理士(一般財団法人 日本経営心理士協会 認定)

 元大阪労働局 総合労働相談員
 元労働基準監督署 協定届・就業規則点検指導員

 

 社会保険労務士として開業する傍ら、大阪府下の労働基準監督署にて総合労働相談員、就業規則・協定届点検指導員を計10年間勤める。 その間に受けた労使双方からの相談数は延べ15,000件以上、点検・指導した就業規則、労使協定届の延べ総数は10,000件以上に及ぶ。 圧倒的な数量の相談から培った経験・知識に基づいた労使紛争の予防策の構築や、社員のモチベーションを高める社内制度の構築を得意分野としている。

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