「いつか引退」の"いつか"は、もう来ています
調剤薬局の倒産が2025年に過去最多の38件。その背景には薬剤師不足や報酬改定だけでなく、オーナー薬剤師の高齢化と後継者不在があります。
全国の後継者不在率は53.9%(2023年、帝国データバンク「全国後継者不在率動向調査」、約27万社対象)。前年から3.3ポイント低下し改善傾向にはあるものの、依然として半数以上の企業で後継者が決まっていない状況です。
調剤薬局は個人経営やオーナー薬剤師が自ら店頭に立っているケースが多いですから、「自分が現場に立てなくなったら終わり」という構造的な脆さを抱えています。管理薬剤師の後任すら見つからず、やむなく廃業するというケースも全国で増加しています。M&Aによる第三者承継は現実的な選択肢として定着しつつあります。ただ、ここで多くの薬局オーナーの方が見落としがちなことがあります。
・買い手が一番気にしているのは、「薬剤師が辞めずに残るか」です
調剤薬局のM&Aでは、営業権(のれん代)として年間薬価総利益の数か月分が上乗せされるのが一般的です。しかし、このの「のれん代」の根拠は何かといえば、処方箋枚数と薬剤師の在籍です。
M&Aが成立した後に薬剤師が次々と退職してしまえば、処方箋を受ける体制そのものが崩壊します。買い手はこのリスクを非常に警戒しており、デューデリジェンス(買収前の調査)では以下のような項目が必ず確認されます。
・就業規則がきちんと整備されているか
・人事評価制度が存在するか
・薬剤師の在籍年数と離職率はどうか
・未払い残業代の有無
要するに、人事制度が整っていない薬局は、M&Aの際に値段が下がる。 これが現実です。
具体的に何がリスクになるのか
・就業規則が古い(あるいはそもそもない)→ 法令違反リスクが買い手に転嫁される → 減額要因
・固定残業代の設計が曖昧 → 未払い残業代が「隠れた負債」として発見される → その分を差し引かれる
・人事評価・賃金テーブルがない → 薬剤師の定着に不安 → のれん代の評価が下がる
・36協定の届出漏れ → 労基法違反のリスク → 買い手にとっての重大な懸念事項
これらはいずれも、事業承継を考え始める「前に」整備しておくべきことです。
・M&Aのためだけではない
ここで一つ、大事なことを申し上げておきたいのですが、人事制度の整備はM&Aや事業承継のためだけにやるものではありません。
就業規則を現行法に合致させ、人事評価制度で薬剤師の成長を可視化し、賃金テーブルで公平な処遇を実現する。この一連のことは、仮にM&Aをまったく考えていなくても、薬局の日常経営をそのまま強くします。
採用力が上がります。定着率が改善します。スタッフのやる気が上がります。そして、もしいずれ事業承継の時期が来たときには、整った人事制度が「磨かれた資産」として企業価値を最大化してくれます。
御社の中にいま在籍してくれている薬剤師さんたちが、最大の経営資産です。その資産を守り、活かすための仕組みが人事制度なのです。この仕組みを整えることが、結果的に「いつでも引き継げる状態」を作ると同時に、「引き継がなくても強い経営」を実現する基盤になります。
・準備に必要な期間
事業承継には最低でも3〜5年の準備期間が必要と言われています。「まだ先の話だ」と思われるかもしれませんが、5年後に何を選ぶにしても(親族承継、M&A、あるいは自分でまだまだ続ける)、人事制度が整っていて損をすることは一つもありません。
5年後の選択肢を増やすための準備を、今から始めませんか。
当事務所では、調剤薬局のオーナー経営者の方に向けて、以下のようなお手伝いをさせて頂いております。
・M&A・事業承継を見据えた就業規則の法令適合性チェック、36協定の整備、未払い残業代リスクの洗い出し
・人事評価制度の構築(薬剤師の定着・育成を仕組み化し、企業価値を高める)
・賃金テーブルの再設計(公平性の確保と、承継後のスムーズな統合を見据えた設計)
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※本記事は2026年4月時点の法令・統計に基づいています。個別の労務判断については専門家にご相談ください。
出典:東京商工リサーチ(2025年倒産統計)、帝国データバンク(2023年後継者不在率調査)、厚生労働省各種統計