「会社の値段」は労務管理で決まる

■ 加速する業界再編 ― あなたの会社は「選ばれる側」でいられるか

トラック運送業界はいま、かつてない速度で再編が進んでいます。東京商工リサーチの調査によれば、2024年度の道路貨物運送業の倒産件数は353件14年ぶりに350件を超えました。

2024年暦年ベースでは374件と更に深刻な数字が出ています。2025年度上半期の人手不足倒産も214件と過去最多を更新し、そのうち道路貨物運送業は33件を占めています。

 

一方で、M&Aによる事業承継は急増しています。日本M&Aセンターの集計では、2024年の物流・トラック運送業界のM&A公表件数は121件に達し、前年の97件から2割以上の増加となりました。上場企業が買い手となる案件も増えています。

 

この二極化の背景にあるのは、2024年4月施行の時間外労働上限規制(年960時間)と改正改善基準告示、そして燃料高・人件費高騰による収益構造の悪化です。単独で生き残れる事業者と、廃業もしくはM&Aによる再編を選ばざるを得ない事業者との差が、急速に開いています。

 

■ M&Aにおける最大のリスク ― 「簿外債務としての未払い残業代」

ここで経営者の皆様にお伝えしたいのは、会社を売却する場合も、存続させる場合も、あるいは他社を買収する場合も、「労務コンプライアンスの状態が会社の命運を左右する」という現実です。

 

M&Aの実務において、買い手が最も神経を尖らせるのが「労務デューデリジェンス(労務DD)」です。労務DDとは、買収対象企業の労務管理の実態を精査し、隠れたリスクを洗い出す調査のことです。

 

トラック運送業の労務DDで繰り返し問題となるのが以下の項目です。

・タイムカード・デジタコ記録と賃金台帳の突合による未払い残業代の有無。

・固定残業代(含み型割増賃金)の適法性。

・歩合給と割増賃金計算の整合性。

・就業規則・36協定の整備状況と届出の有無。

・改善基準告示の遵守状況。

これらの項目で問題が見つかった場合、何が起きるのかを具体的な数字でご説明します。

 

■ 労務リスクが会社の「値段」を破壊する ― 具体的な数字

本サイトの第3章でお示しした試算を、M&Aの文脈に置き換えてみましょう。

 

ドライバー50名の事業者で、1人あたり月額7万円の未払い残業代リスクがあると仮定します。月額350万円、年間4,200万円の潜在債務です。未払い残業代の消滅時効は現在、経過措置として3年(本則は5年)ですから、3年遡及で1億2,600万円。将来5年に完全移行すれば2億1,000万円に膨らみます。

 

M&Aの実務では、この潜在債務が「簿外債務」として扱われます。買い手は当然、この金額を買収価格から差し引くか、あるいは案件そのものを見送ります。実際に、未払い残業代の発覚によってM&Aが破談となった事例は枚挙にいとまがありません。法律事務所の公開事例でも、運送業のM&Aにおいて法務DDで高額な簿外債務が発見され、譲渡価格が大幅に減額されたケースが報告されています。

 

つまり、労務管理の不備は「今、訴えられるリスク」だけでなく、「将来、会社を売れなくなるリスク」「会社の値段が暴落するリスク」でもあるのです。

 

■ 逆に言えば ― 労務整備は「企業価値向上」の最短ルート

この話には、もう一つの側面があります。

 

就業規則が整備され、賃金制度が法令に適合し、労働時間管理が適正に行われている会社は、労務DDを「怖い調査」ではなく「自社の価値を証明する機会」に変えることができます。

 

買い手企業がM&Aの対象として魅力を感じるのは、ドライバーの定着率が高く、労務紛争の履歴がなく、割増賃金の計算根拠が明確で、就業規則と賃金規程が最新の法令に対応している事業者です。これらは全て、日常の労務管理の結果として実現するものです。

 

そしてこれは、M&Aを考えていない事業者にとっても全く同じことが言えます。ドライバーの採用・定着に成功している事業者は、例外なく賃金制度と就業規則が整っています。なぜなら、ドライバーが「この会社は安心して働ける」と感じる最大の根拠は、賃金の計算方法が明確で、残業代がきちんと支払われ、労働時間が適正に管理されていることだからです。

 

■ 経営者が「今」取り組むべき3つの労務整備

事業承継やM&Aの有無にかかわらず、トラック運送業の経営者が今すぐ着手すべき労務整備は次の3点です。

第一に、就業規則の総点検と改定です。 2024年4月の改正改善基準告示、時間外労働上限規制(年960時間)、そして今後議論が進む勤務間インターバル義務化や連続勤務14日制限に対応した就業規則になっているかどうか。多くの事業者の就業規則は、改正前の基準をベースにしたまま放置されています。これは労務DDにおいて真っ先に指摘される事項です。

第二に、賃金制度の再構築です。 固定給・歩合給の配分比率は適正か。保障給は設定されているか。固定残業代の区分は明確か。ビーラインロジ事件(東京地裁令和6年2月19日判決)で示されたように、「時間外職能給」のような名称であっても、実態として通常賃金と認定されれば割増賃金の基礎に含まれます。賃金制度の不備は、未払い残業代という簿外債務の温床です。

 

第三に、労働時間管理の仕組み化です。 デジタコ・タイムカードと賃金計算の連動、荷待ち時間の記録と管理、連続運転時間の中断における休憩確保の運行計画への反映。これらを「ドライバー任せ」ではなく「仕組み」として構築することが、コンプライアンスの証明になります。

 

■ まとめ ― 労務管理は「コスト」ではなく「投資」

トラック運送業の経営者にとって、就業規則の整備や賃金制度の再構築は、「お金と手間がかかるもの」に見えるかもしれません。しかし、倒産と廃業が加速し、M&Aによる業界再編が進む今、労務コンプライアンスの整備は「会社を守るための保険」であり「会社の価値を高めるための投資」です。

 

当事務所では、トラック運送業に特化した就業規則の作成・改定、賃金制度の再構築、そして未払い残業代リスクのシミュレーションを一体的にご提供しています。「今の就業規則と賃金制度で、もし労務DDを受けたらどうなるか」という視点で、御社の労務管理を点検してみませんか。

この記事は私が書きました

児島労務・法務事務所 代表 児島登志郎
 社会保険労務士・行政書士
 組織心理士・経営心理士(一般財団法人 日本経営心理士協会 認定)

 元大阪労働局 総合労働相談員
 元労働基準監督署 協定届・就業規則点検指導員

 

 社会保険労務士として開業する傍ら、大阪府下の労働基準監督署にて総合労働相談員、就業規則・協定届点検指導員を計10年間勤める。 その間に受けた労使双方からの相談数は延べ15,000件以上、点検・指導した就業規則、労使協定届の延べ総数は10,000件以上に及ぶ。 圧倒的な数量の相談から培った経験・知識に基づいた労使紛争の予防策の構築や、社員のモチベーションを高める社内制度の構築を得意分野としている。

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